2014年9月28日日曜日

不安の原因は<DO>にフォーカスする習慣



仕事で、素晴らしいアイデアが浮かび(自画自賛!)それをクライアントにプレゼンして、ビジネスに移す準備を進める。

ところが肝心の相手が最後の段階で逃げ出す。多分、彼らもうまくいくだろうと感じている。感じているから、自分にうまくできるかなと不安になって逃げ出す。

自信があればやってみて結果を肌で、数値で、確かめ結論を出せます。修正が必要なことはそこでやればいい。そうして成功に導いていく。根っこが同じ、恋愛でも同じようなことが起ります。

提案した方はショックを受けますが、境界がしっかりしていると気になりません。

相手は不安になり、こちらは気にならない。
その違いは、<DO>と<BE>のどちらにフォーカスしているかの違いです。

<DO>の評価は成果で測定されますが、<BE>の評価は自分の在り方なので、在り方がぶれていなければなんも揺らぐことはありません。自分が自分であればいいのです。

<DO>できない自分はダメな人間だという思い込みです。しかし人間はそれで評価されるものではないのです。

<DO>が持っている力、できる、できないは期間限定、地域限定の力です。しかし<BE>の力は国際基準、無期限の力です。

<DO>の力が無意味ということではありません。しかしそれがすべてというのではないということです。




恋愛を遊びにできる人ならともか責任を感じる人なら、結果を考えて諸条件を気にします。すると自分に(結婚の)要望があるほど相手の要望を叶えたいと思うのも当然です。相手の思いが分かっているほど受け入れ態勢を気にします。

つまり<DO>にこだわってしまうのです。

しかし人を思う気持ちは本来<BE>なので、<DO>にフォーカスさえしなければ結果がどうあれ受け入れることができるものなのです。結果的に結婚できなくても引きずるという点では同じです、むしろ気持ちを出し切った方が後腐れがない場合が多いのです。






<BE>で評価していると、自在になれるのは、自分を否定することがなくなるからです。<DO>で評価していると、できなかった場合に自信がなくなります。

<DO>にこだわっていると、自信のない人ほど過去の成功体験の範囲でしか行動しません。

やる前から不安になって身動きできなくなります。いまそこにない不安、つまり自分が創り出した妄想に負けてしまいます。


自信がないというのはそういうことなのです。自分を信じられないとは、よく言ったもので、妄想する自分を信じられないのは当然です。そんなものを信じたら酷い目にあいます。自信がない自分を信用せず<BE>を羅針盤にしてアサーティブに行動しましょう。

不安の原因は<DO>にフォーカスする習慣があるからです。
この図のように、本来<BE>を据える所に<DO>を置いてしまうからです。
これを一生続けたら人生は素敵なものにはなりません。




無気力になる時間、とらえようのない不安にイライラが日に日に増して行き、人生の醍醐味が半減してしまいます。


どうすれば<BE>にフォーカスした暮らしができるか、あなたのスキルアップをめざしましょう。










2014年9月27日土曜日

<BE>と<DO>の違い。








たとえば。。。。
私はいつも前向きで自分も他の人も元気にできる自分でいたいです。
これが在り方です。つまり<BE>です。

私は英語で気軽に話せます。
これがしたいこと、できること、<DO>です。

私は英語を日本語のように話せてアメリカの人と友だちになりたいです。
これはしたいこと< DO >と在り方<BE>が混ざっています。

在り方を<BE>で表現しているのは、< DO >とのバランスもありますが、BEには<ありたい>つまり願望より、強い確信の意味があるからです。

「自分も他の人も元気にできる自分でいたい。」なら「いたい」より「いまいる」それが<BE>です。

誤解をしないでいただきたいのは、「いまいなければならない」ではなく「いまいるようにする」という感じです。

人はそう思って、そうしょうとしていても、それでも無理なときがあります。それならそれでもいいのです。アサーション権を思い出してください(お読みください)できなくてもいい権利、できない権利、したくない権利があるのです。

つまり完璧な自分でなくていいのです。





なぜなら、完璧な自分であることに心が悲鳴をあげて、中心に<BE>以外のものを入れてしまうのです。

その結果、< DO >つまり誰にでも見えやすい外側に力で自分を評価しようとします。しかしその段階で依存が起っているのです。それがアルコールなどだと状態から健康的でないと判断されて批判されますが、褒められるものに依存してしまうと誰も非難しなくなり、逆に称賛されてしまいます。

そうすると自分を見失うことになります。特に怖いのは、子どもに対して、それをやってしまうと、子どもは好きでもないけど親に褒められたいばかりに我慢してやり続けてしまいます。

うまくいってる場合は表面化しないことがありますが、挫折すると心が折れてとんでもない方向に行ってしまう場合があります。

外側の力は内側の力に比べ断然分かりやすく社会的にも基準が明確です。ですから内側の力である<BE>は評価になりにくいのですが、実は<BE>の方が断然重要なのです。

たとえばスターバックスやディズニーランドの成功は、まさしく<BE>のおかげであり、それが出来たのもトップがこだわり、浸透する仕組みを作り実践し続けたからなのです。形は真似できても、核心部分まで真似できないので、ライバルが出てきても負けないのです。


個人でも組織でも同じなのです。










イライラする人とイライラしない人の違いを生み出す違い




自信のない人が他者を傷つけます。相手の価値を引き下げることで自分の価値を引き上げるのです。


自信のない人が自分を基準にして、相手は自分より劣っていると見なして、相手の価値を引き下げ、自分より以下にしてしまうのです。それでもって自分は優位に立つという非常に幼稚なトリックです。

見かけは人間関係の構えが<自己肯定、他者肯定>ですが、実際は<自他否定>の構えです。だから客観的にみると、全員がダメ人間の図になっていて滑稽です。

なぜ、これにひっかかるのでしょう?









これにひっかかってイライラする人もいれば、全く気にしない人がいます。

なにが違うのでしょう?

気にしない人は現実を受け入れることが出来ている人です。現実を受け入れることが出来ている人とは人間関係の構えが<自己肯定、他者肯定>の人です。

イライラしてしまう人は<自他否定>または<自己否定、他者肯定>の人です。



その違いは、どうのような違いを生むのでしょう?

気にしない人は現実を受け入れることが出来ているので、相手の意見は意見として受け入れ否定もせず、よりよい意見を出すことができます。

つまり感情をどこにも挟まないのです。挟むことでもないのを承知できているからです。

トリックにはまってイライラしてしまう人は自己否定の感情が脅かされるので脅威に感じて感情的なコミュニケーションをしてしまい、それがイライラの現象になって表れるのです。




脅かされる人は、どうしたらいいのでしょう。
イライラする人と、気にしない人、その違いを生み出す違いに目を向けるのです。

つまり、違いは<自己肯定、他者肯定>と<自他否定>(または<自己否定、他者肯定>)にありますが、この違いを生み出している違いはなにかということです。

それは、良い意味での自分は自分、他者は他者という意識です。

イライラしてしまうのは、自分と他者の境界がないという点です。幼児の時には誰でも自分と他者の境界がないものですが、経験で違いが明確になり、受け入れ育っていくものです。


そこで過程をうまく歩めていない問題が、イライラの最大の原因になっているのです。





2014年9月26日金曜日

アンガーマネジメントに欠かせないWHYとBE





アンガーマネジメントとは怒りのマネジメントのこと。
イライラ、怒りの奥にある感情をマネジメントしてハピハピでいる時間を増やすスキル。
イライラ、怒りを抑えるのではなく、自在に扱える力。


人間にはWHY型とHOW型がいます。

同じく<BE>を大事にする人と<DO>を大事にする人がいます。
BEとは<在り方>を大事にする人、DOは<なにをするか>を大事にする人。

WHY型=BE、HOW型=DOと定義づけることができます。



WHYがなぜBEなのか。



「なぜ?」と問うと、その理由が浮かんできます。
人間の行動、つまりDOには必ず理由があります。

言葉にするのも行動です。しないのも行動です。
「なぜ?彼はそう言ったのか?」
「彼女は、なぜ、なにも言わなかったのか?」

その問いの向こうには理由があります。
理由の中には「在り方」が含まれています。

結果とは関係なく「なにを大切にしたのか、しているのか」が見えてきます。

つまり「したい」が見えてきます。

それだけではありません。
「したい」→「した」→「結果」というように原因と結果がリンクして見えます。

WHYを日常にしていると、「原因と結果」が大量に見えてきます。
それはそのまま成功パターン、失敗パターンの情報の貯蔵庫になり、そこに「対策」の倉庫ができます。

「なぜ?」とイチイチ気にしていたら、とっても疲れます。考えるのが面倒くさいと思う人は、気になっていても、やめてしまいます。絶対数はこのタイプが多いのです。

そうすると、いつまでたっても結果や現象を知ることはできても、原因が分からないので、対策も分かりません。

BEは<在り方>ですが、最良の在り方は、最良の原因そのものだからです。
「いまこの瞬間を集中して生きる」を自分の在り方として、すべてのステークホルダーとの関係の柱にしたとしたら、どのようなコミュニケーションができると思いますか?

しかもステークホルダーごとに具体的に明文化してクレドにしていく、つまり目標にして関わって行くと、それが原因となり結果(成果)がついてくるようになります。

BEを暮らしの中心にせずに、他のこと、たとえばお金を中心にすると、評価の基準はお金になり、経済的な不安定は恐怖になり、お金の出入りが脅威になります。

これはお金のことを考えるのが悪いということではなく、代わりに子どもを中心にしても同じです。

子どもに受け入れられているかどうかが基準になり、過保護になり、社会人不合格の子どもになる可能性が高くなります。





ワークライフバランスとは、仕事と私生活のバランスをとることだと考えている人がいます。バランスとは時間配分と思い込みがちですが、しかしそうではありません。


<在り方>が基準なのです。ワークライフバランスが崩れているとは、生活の中心に仕事、または家庭を入れてしまうからです。

その一例が仕事のことに集中しすぎるあまり、家庭のことが気にならないということであれば、時間は関係ありません。量が少ないアルコール依存症があるのと同じなのです。

<在り方>以外のなにを中心に据えてもワークライフバランスは成り立ちません。

組織も同じです。<在り方>以外のなにを中心に据えてもワークライフバランスは成り立ちません。それ以前に経営に苦慮するので、ワークライフバランスどころでなくなります。負の循環に入り込む崩壊します。





BE以外のものを入れると主体性がなくなるので不安定になります。不安定になるので感情的になります。アンガーマネジメントができなくなります。

負のスパイラルに陥ります。

その本当の原因は、あなたがBE入れることを教わらず、違うもの、たとえば親の言動を入れて育ってきたからです。仮に親はすでに他界していたとしても、あるいは気にしない状態であったとしても、代わりに他の誰か、何かを入れる習慣が身についているために、それを入れてしまっているのです。










2014年9月25日木曜日

アンガーマネジメントを少しガンバってみませんか?




他人と比較して違いを気にする人はたくさんいますが、違いを生む違いまで考える人は多くはありません。
それでもセミナーに参加したり、資格をとったり、ノウハウを学んだりして、なんとかいい方法はないかと模索します。SNSの人気の背景には、みんなうまくやってそうに見えて、自分もうまく行くようにしたいという欲求があります。
でも現状から抜け出せないのがほとんどです。
なぜでしょう?



イライラが昂じて、犯罪に走る人のこんな声を覚えていませんか?
「誰でもいい殺したかった」。。。。。なんという無責任な言葉。罪のない人を巻き添えにするなと思います。
その言葉の裏には自己否定、罪悪感が渦巻いています。


反省しているなら頑張れよと思うかも知れませんが、もうその力も出ないほど気持ちは疲れているのです。
そういうと、社会が悪いように思う人もいるでしょう。しかしそうではないのです。
自分が自分のやる気にブレーキをかけ続けて、やる気が壊れるまでブレーキをかけたのです。
うまくいきそうになれば、ブレーキをかける。その繰り返し。成功のイメージがないので怖くなり逃げ出します。

自分で自分を殺していることを自覚できないので他人を殺すことで、自覚しょうとしているのです。意識できないイメージの顕在化をしているのです。


怒り。。。怒りの奥には、誰にも知ってもらえない痛みがあります。

アンガーマネジメントを少しガンバってみませんか?
声に出さないので他者は分かりません。声に出さない代わりに、怒りを出しています。しかし、それでは他者は逃げて行きます。
うれしいことも、楽しいことも、悲しいことも、怒りも、声に出していいのです。出して行かないと、自分が自分のイメージをつかめなくなります。
うまく行ってる人は、自分の在り方にブレーキをかけていない人です。
偽うまく行ってる人は、自分がやりたいかどうかわからないけどブレーキをかけていない人です。
あなたもあなたの在り方にブレーキをかけないようにしましょう。


まず、在り方を通してイメージをきちんとつかみましょう。

在り方を知るには、話すことがとっても重要ですが、真摯に聞いてくれる人は多くはありません。




【アサーティブ】習慣は第二の天性だから。







習慣は第二の天性といいます。

朝起きたらまず何をしますか?
昼が近づいたらなにを考えますか?
夜9時になったら、なにを考えますか?
寝る前になにをしますか?

すること、考えることは、人さまざまですがほとんどの人は毎日同じことをしています。
ですから認知症のお年寄りは、なかなか認知症と気づかれませんでした。
毎日同じ時間に、同じことを、していたからです。あなたが意識していなくてもできるように、体の中に刻み込まれているのです。

スゴいことだと思う反面、怖いことだと思いませんか?

この行動パターンのことを一般的に習慣と詠んでいます。
コミュニケーションに苦労するのもあなたの性格ではなく、あなたの行動パターンでしかありません。イライラするのもあなたの行動パターンです。

あなたをコントロールしてあなたの人生を操っていたのは、「習慣」と言う名のあなただったのです。

習慣とは、広辞苑によれば「習慣は人の性行に深くしみこんで、生まれながらの性質のようになる。習慣が人の性行に影響することの大きいことをいう」とあります。

性質のように、ぴったりあなたに貼り付いてします行動パターンです。クルマの運転がいい見本です。無意識に複数の行為を同時に行いながら無事に車庫におさまるように運転しています。

最初はどうでしたか?

これからも言えることは、習慣を変えれば、行動が変わり、人生も変わります。
その意味で習慣は第二の天性なのです。


では、どうすれば、習慣を変えることができるのでしょう?
その習慣はどういうプロセスを経過して、身についたのでしょう?

自分が考えてそうしたと言う人は稀です。たとえばイチロー選手がそうです。野球で成功するために、毎日同じことを意識的に繰り返し、自分のスタイルにしました。

しかし、ほとんどの人は無意識に身につけてしまいました。
現在のあなたの習慣は、何十年という生活の中で身に付けてきたものなので、強い意志で習慣を変えようとしても、2、3日で変えることはできません。

だから、勝手にもとの習慣に戻ってしまいます。
そこで「なにか」いままでにない「特別な方法」が必要になります。

しかしそれだけではありません。ほとんどの人は、変えることに反射的に対抗してしまいます。
これは身体がいい例です。ダイエットを頑張っても、ある段階で、ピタッと効果が出なくなります。身体が変化に対して抵抗するのです。変わることから身を守ろうとするのです。
これでお分かりのように、変化させることは難易度が高いテーマなのです。
しかも、知識が災いします。
    • 他人の意見
    • 自他を問わずネガティブな結果にフォーカス
行動を変えるとは、ただ頑張るということではなく、これらの問題を乗りこえるということです。目的地に向かって、あらゆる困難を乗りこえること。これがマネジメンとの意味です。

ですからマネジャーとは、困難を乗りこえて目的を達する人のことです。
単に目的を達する人のことではありません。困難を口にするのは言い訳でしかありません。

あなたが自分のマネジャーです。
第二の天性である「習慣」を敵に回すか、味方にするのか、あなた次第なのです。

でも、あなたひとりではできない。
あなただけではありません。ほとんどの方がそうです。
この歴史的な事実をあなたの知恵で選択するのもアサーティブな行動なのです。



2014年9月22日月曜日

【アサーティブで仕事最強化】世界はまだ使われていないイエスが溢れている


自分は、世界はまだ使われていないイエスで溢れていると感じています。

イエスとは、やった!、その通り!いいぞ!、野球やサッカーなどスポーツでのファインプレーに感じる気持ち、言葉。ビジネスシーンではWIN-WIN、笑顔や握手したくなる瞬間。

使われていないイエスとは、待ち望んでいる気持ち。
イエスと言いたいけれど言えるような状況ではない。期待はずれ。
つまり、こちらの出方で相手はいつでもイエスという状況にある。みんなウズウズしている。一体誰が暗いニュースを聞きたいものか。


教育、治安、モラル、マナーは音を立てて崩れる勢い。危機感から「美しい国づくり」「生きる力の再生」と言った首相をよってたかって潰しにかかったのは数年前。
一国の総理に、そこまで言わせたのは他ならぬ国民の責任です。

メディアが叩けば、同じように石を投げる。批判するのは簡単でも、良識あるはずの評論家なら
代替案のひとつも出すべきところだが、それもないままに、ケチをつける。批判するならリベラルなあの人も批判していると無自覚に相乗りして批判する。

そう思っていたら、同じ意味のことを書いている方がいました。
いまはなき阿久悠氏です。その著書「清らかな厭世」で、阿久悠氏は、「悪いのは社会だ時代だ いや制度だと言っているけど つまりは一人一人の哲学だよ」と題したページに、『無関心、無軌道、無気力、無神経、無責任、無恥、無茶、無定見、無頓着、無表情、無理無体、そして無礼とバラエティーに富んでいる。思えば不気味の初期は「三無主義」。』と書いておられます。

さらに続けています。

「勤勉と正直と正確を野暮だと嘲ったら只の怠け者の国になる」「勤勉と遊蕩の値打ちがいつの間にか逆転し真面目の生き場所がない」阿久悠氏の他界が悔やまれる。

労働は悪、休息と消費こそ美徳のようなわけの分からん、かっての真っ逆さまの価値観がまかり通るかと思えば、経済危機の嵐。

メデャアはいたずらに不安をあおりたてる。ご丁寧に音楽入りでドラマ仕立てで恐怖心をあおる。危機と無の山を前にして、なのをどうするか、ビジネスと向き合う人にとっては、気概が問われる正念場。

で、どうすればいいのか。まず原点に立つ。

人は誰でも価値ある者と思いたい、思われたいと思うものです。これこそが原点。
世界中、どこに言っても読み書きをする地域の人々にとって、すべての活動は、そのためにあると言って過言ではありません。先進国であればあるほど、その傾向は強い。無のオンパレードの横顔にもしっかり刻まれています。

だから、なにを目指すかは明白。価値ある存在だと知らせてあげればいい。それをきちんと届けられたら、商売は間違いなく繁盛します。

どのようにして届けたらいいのか、そこが難しいと言うより先に、まずは思い出していただきたい。

あなたの会社に、あなたの営業所に、お客様を称える、励ます、応援する習慣があったかどうか。サービスを良くしろではない、人と人の関係性の問題としてです。

繰り返しますが、人は誰でも、人は誰でも価値ある者と思いたい、思われたいと思うものです。

自分が大切にされてないと感じると心ばかりか、体調までおかしくなることが少なくありません。
大切にされていないと感じると、その原因を自分が劣っているからだと思うこともあります。

だからどんな店が衰退し、繁盛するかは明白なのです。
ただし、それがどれだけ多くの方に届けられるか、一番の課題になる。知ってもらわないとお客様は動けない。つまり告知です。それさえできれば間違いなく繁盛する。誰かが、ここでは売れないと言った店でも立派に繁盛する。

さて、価値ある存在だと知らせてあげればいい。それをきちんと届けられたら繁盛すると言いましたが、ほとんどの方は、それができないのも事実です。勘違いをされるからです。

お客様のメリットをズラズラ並べる。それを実行しようとする。しかし、うまくいかない。メリットを提供しているのにうまくいかないから、理由が分からなくなります。
重要なポイントです。しっかり刻んでください。
◎メリットの提供ではメリットにならないのです。心が動いたことがメリットなのです。

昨年、上場企業が展開している店舗を見てほしいと言われ、問題を指摘。改装に踏みきったところ、売り上げはまたたく間に倍になり、その後も上昇中で満席続きです。
それでかなり満足されていますが、実は倍や3倍ではダメなのです。
結果オーライの事実前提の経営をしているとそうなる。まだまだあなたは価値ある存在と伝えていないのです。それを伝えたら、4~6倍になるポテンシャルが潜んでいるので、行列のできる店になります。

人に注目しましよう。
人は誰でも価値ある者と思いたい、思われたいと思っています。
その切実にあって、何ごとにも失敗してはいけないと思っている方、自分の欲求や希望を伝えるのも、控え目にするべきだと考えている方、感情を表現を抑圧してしまう方もいます。
疲れ、落ち込み、腹立ち、寂しさ、嬉しいことさえも表現してはいけないと思っている方も少なくありません。

外部評価による力、たとえば役割、地位、さらに自分ではどうにもできないことである年齢、性などによる固定化したイメージによる行動に終始して、自分の内なる力を使わないままに自信を失っているかもしれません。

この方たちは、あなたはすばらしいと言われるのを待っています。しかし、売る側は伝えていないし、伝え方も悪い。つまり、この世界には、まだ使われていない「イエス」、使いたくてウズウズしている「イエス」が溢れています。




そのYESを救いに行く。それがマートワンのビジネス・アサーションで言う「YES, 」です。では、次に溢れている「YES」を救いに行くキーワードをご説明します。